Trivial Anniversary
「ダイは生きている」
彼の剣からいまだ失われることのない輝き。
それが示す希望を胸に、ポップは休む間もなく世界中を飛び回っていた。
彼らの勇者・ダイが大魔王やその側近との死闘の末、行方不明になってから間もなく一年が過ぎようとしている。
世界は勇者の不在を埋めなんとする勢いで、新たな未来を築き始めていた。
勇者の親友にして右腕とも言うべき大魔道士ポップが、それを誇らしく思うと同時に、焦りや哀しみ、半ばやつ当たりにも似た怒りにかられたとしても無理はない。
ポップとしては早くダイに彼が命がけで護った世界の復興っぷりを見せたかったし、悲劇のヒーローよろしく自分を置いて行方をくらました薄情者に拳の一発もくれてやりたかったし、何よりまず無事を確かめたかった。
さらに言わせてもらえれば、親友の安否が定かでないのに、どうして心安らかに女の子といちゃらぶこくことができようか?
…まぁ、最後のくだりはひとまず置いておくとしても、この弱冠16歳の大魔道士殿が誰よりも強くダイの帰りを待ちわびていることは疑いようのない事実であった。
さて、これは彼が間借りしているパプニカの客室での一幕。
このところ珍しいことにどこに出かけるでもなく部屋に腰を落ち着けていたポップを、これまた珍しくパプニカに立ち寄ったヒュンケルが訪ねていた。
かつての戦友同士にして同じ師匠をもつふたりのこと、さぞ積もる話のあることだろうと一般には考えられていたが、生憎、この部屋を占有しているのは殺伐とした空気であり、まかり間違っても思い出話や近況報告で和んでいるなんてことはあり得なかった。
「それでお前は今何をしている?ダイを探す旅をしていたのではなかったのか?」
「そーだな、地上なら大概のところには、ルーラで行けるようになる程度にはな」
色素の薄い三白眼にねめつけられるのを意にも介せず、ポップはせっせと何やら準備を進めていた。
そして、ふと手にしていた円錐形の物体をヒュンケルに向かって突き出して尋ねる。
「ほいヒュンケル、ピンクとどどめ色どっちがいい?」
「……」
「えっ?ラメラメの入った紫じゃないとヤダって?」
「………ポップ」
「安心しろ、お前がそういうだろうと思って、ちゃあんと買ってきといてやったぞっ。"さすがは大魔道士ポップ!"? いやーそれほどでもー♪」
「ポップ!」
兄弟子の無表情に怒気の色を見て、ポップはひとまず陽気な一人芝居を中断し、憂い顔で息をついてみせた。
「ここでお前と全力で大喧嘩のひとつやふたつかましてやれば、ダイのことだから見かねて止めに来てくれるんだろうな…」
ヒュンケルは弟弟子の様子のとっさの変わりように二の句が継げないでいた。
そこに在ったのは、普段はおどけた表情に巧みに隠されている深淵。
それはすぐさま『ま、その前に確実に姫さんとマァムに伸されちまうわな』とお軽い調子で発せられた言葉と肩をすくめる仕草で再び奥にしまいこまれてしまったが、一見意味不明なことに興じていても、彼のダイに会いたい気持ちにいまだ変わりはないらしいことは窺えた。
だからこそヒュンケルにはわからない。
何故、ダイ捜索の旅に出るのをやめたのか?
百歩譲って今が次の探索への準備期間なのだとしても、では何故旅の支度とは全く関係ないことばかりしているのか?
結局この男も、他の連中と同様に奇跡やら運命やらを信じて自ら動くことをやめようとしているのだろうか?
彼の疑念は考えれば考えるほど深くなり、その思いは眼差しに露わになってしまったようだった。
「あ、言っとくけどコレ、餌だから」
紫の剣士の放つ眼光を和らげるためかどうかは定かではないが、緑の大魔道士はことさらに軽い口調でわけのわからないことをのたまった。
「……餌?いったい何の」
「ダイの」
どこか得意気にすら見えるポップの返答に、危うく柄にもないすっとんきょうな声で反応してしまうところだったヒュンケルは辛うじてその衝動を抑えた。
しばし心中を吹き荒れた怒りだか呆れだか困惑だかの嵐をくぐりぬけ、ようやっとの思いで、彼は次の言葉を弟弟子に投げかけることに成功する。
「この、色キチガイな紙の鎖や、三角帽子や、造花の山が、ダイの……餌、だと?」
ポップが、よくできましたとばかりに嬉しげに首肯する。
「お前んとこがどうだったかは知らないけどな、おれんとこじゃ誕生日とか、新年とか、パーティする時にはよくこうゆうのを作って飾ってたんだ」
「…では、今日がダイの誕生日なのか?」
この流れからして当然誰もが行き着くであろう結論をヒュンケルは口にしたが、ポップはけらけらと笑ってそれを否定した。
「ブッブー、はっずれー」
「ではお前の?」
「それもはずれ」
「ならいったい誰の」
「誰のでもねーよ」
ヒュンケルは、理解不能だとばかりに首を振った。
「じゃわかった、パーティするのに理由が要ると思ってるお堅いお前のために、今日は"大魔王バーンを倒した記念すべき日のちょうど23日前"祝いってことにしよう」
どこがちょうどだ。ますますもってわけがわからん。
そう言いかけたところに、恐らくこちらが本当の理由に近いのだろう、ちょっとうつむき加減でポップは言葉を紡いだ。
「あいつ、今まで誕生日とか、収穫祭とか、とにかくパーティってしたことないんだよ。前に街で、物珍しげにそうゆうの眺めたりしてたしさ」
ひと呼吸して彼は続ける。
「だから…さ。おれたちがパーティしまくってるのを知ったら、そのうち我慢できなくなって出てくると思うんだよ」
それはかなり夢見がちに過ぎるのかもしれない。
しかし、地上を1年にわたって探し続けても、ダイを探す自分の話題ばかりで彼の噂ひとつ聞くことがなかったから。
大魔道士の頭脳は、あの勇者殿は姿を現す気がないのだと判断するに至った。
何を思ってのことかはわからないが、それならば出て来たくなるよう仕向けてやればいいこと。
「やれやれ…それではお前はダイが帰ってくるまで毎日こんなことをする気なのか」
「おう」
「…では仕方がない、オレもしばし付き合ってやるとしようか」
今度はポップがあっけに取られる番だった。
確かに知人友人一同をできる限り巻き込むつもりではあったのだが、彼の中で"巻き込まれてくれなさそうな人物リスト"の筆頭にいたこの兄弟子が、まさか自ら飛び込んできてくれるとは予想だにしなかったのだ。
「それともオレが参加するのは不満か?」
唇の片端を上げて嫌味が多分に含まれた笑みを見せるヒュンケルに対するポップの返答は行動で示された。
彼は、うきうきと、そして若干照れくさそうに、クラッカーやら紙ふぶきやらが詰められた袋を投げて寄越したのだった。
「それ、中庭に運んどいてくれ」
さぁパーティを始めよう。
何を祝うわけでもなく、ただ。
閉ざされた岩戸が開くまで。
END
Written by HAZUMI Kyoka
2004/06/14 upload