甘い甘い匂いのする日に。
ビターチョコレート
バレンタインがやってきた。
昔は特に縁が無かったというのに、今は不思議。
出会うたびに城の女官達からチョコを手渡される。
義理だとは判っているけれど、貰い物は嬉しい。
両手いっぱいにチョコを抱えてポップは気分をふわふわさせながら、
たったかとパプニカ城内の廊下を駆けて行った。
自分の部屋に戻れば、午前中に貰ったチョコがテーブルでお出迎え。
暫く甘い物には困らないなぁ、とか思いながらうきうきと
貰ってきたチョコを丁寧にテーブルの上に並べる。
様々なラッピングの施された、様々な種類のチョコ達。
(ちょっとしたチョコの展示会みたいだ)
そんな事を考えながらその甘い香りを吸い込む。
頭の芯まで甘ったるい香りに包まれたような感覚。
(好きな奴にチョコ…か)
そう思いを巡らせた刹那、ポップの脳裏に1人の顔がよぎる。
それは自分が男だというのに好きだと言い、
何だかんだ言って自分も好きになってしまったあの銀髪の魔剣士。
(ヒュンケル)
今頃あいつは困ってんだろうなぁなんて思うと自然と笑みが零れてくる。
あの世間知らずはバレンタインの事なんて知らないのだ。
だけど今日は絶対あいつが1番大量のチョコに悩まされているに違いない。
(あいつ、あまり甘いモン得意じゃないもんな)
でも。
(…あいつにチョコでもくれてやろうか)
…とは思ってみたものの。
チョコをどうやって入手するかという問題にポップは詰まってしまった。
今日はバレンタインデー。
男として、今日という日に1人でチョコを買いに行きたくは無い。
それは、絶対だ。
でも、それで諦めるのも何だか癪で。
ベッドに転がり、ごろごろしてう〜んと唸る。
暫くそうして考えていたら、お腹の虫がきゅうっと鳴った。
時計を見てみると、そろそろ夕飯の時間。
(…メシかぁ…今日はどっかに食いに行こう…か……って、これだっ!)
何やら名案は降りてきてくれたらしい。
善は急げとポップはヒュンケルの部屋へと文字通り飛んでいった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
…ポップは一体何がしたいのだろう。
食事を終え、城下町を適当に歩き、自分の部屋まで上がりこんできたポップ。
そのポップが今日はやたらと物を自分に分けてくるのだ。
食事の時は食後にとポップが頼んでいたチョコレートのケーキを。
城下町を歩いている時は途中で買った駄菓子の丸い粒状チョコレートを。
そして今、ホットチョコレートが飲みたいと言ったので作って持って来てみれば
飲みながらもこっちにすすめてくる。
(意図が読めん…)
ポップのする事はいつも唐突だ。
そう思いながら、自分も何か飲もうと、部屋の中にある簡単なキッチンに入って
ヒュンケルは、ちらりとテーブルの上を支配するチョコ達へと視線を滑らせる。
それを眺めながら、大量のチョコレート達を何でこんなに手渡されるのかと、
レオナ姫に会って聞いてみた時の事をぼんやりと思い出していた。
『今日はね、バレンタインって言って、好きな人にチョコをあげる日なのよ。
…まぁ、そんなのとは無縁の世界にいたんだから知らないのもしょうがないわよね』
と、苦笑混じりの姫の言葉が再現される。
(チョコ…か)
何か引っかかる。
テーブルに積み重なった貰い物。
ポップが今日、やたらと分けてくる物。
バレンタインの日、好きな人にあげるという物。
その3つに共通する物。
それは…
チョコレート。
(…そういう、ことか…)
顔が火照ったかのような感覚。
城の中で貰ってきたような、きちんとした形が無いから理解するのに苦労した。
ここまで貰ったら、自惚れてもいいだろう。
ポップが自分にチョコレートをささやかな形で渡そうとしてくれているのだと。
知らず知らずの内に微かな笑みが漏れる。
こうやって笑えるのも、ポップあってこそ。
(オレは…貰ってばかりだな…)
僅かに苦笑。だが、今日ぐらいはその『貰ってばかり』では終わらせられない。
時計を見る。…まだ、今日は終わっていない。
今も自分のベッドに腰掛けてホットチョコレートを飲んでいるだろうポップ。
さてどうしよう?…と考えを巡らせていると、名案がひらめく。
きっとポップは驚くだろうな。
そんな事を考えながら、ヒュンケルは鍋を火にかけはじめた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
…やっぱ、わかってないんだろうな。
キッチンへ入りこんだヒュンケルを待ちながら、溜息1つ。
(例え姫さん辺りから教えられていたとしても、気付くかどうか…)
こういう事には超鈍感な奴だから、しょうがない。
…と、頭では判っているのだが、何だかそうやって考えるのも虚しい。
(ヒュンケルのばーか)
自分が自己満足でやっている事とは思いつつも、反応が無いとやはり腹が立つ。
なかなかヒュンケルがこっちに戻ってこないのもあってか、
ポップの心の中で吐く悪態は増えていく。
手の中のホットチョコレートが殆ど無くなった頃、ようやくヒュンケルが戻ってきた。
「…長くなった、すまない」
申し訳なさそうなヒュンケルの声音。
ポップはそれでもわざと目を合わせないようにしながら、拗ねた様に「あぁ」とだけ返す。
そのままそっぽを向いたままでいると、きし、とヒュンケルが隣りに座る気配がした。
それから、持って来た何かを飲む音。
…そして。
「ポップ」
低い、低い声で自分を呼ぶヒュンケルの、声。
鼓膜に直接響くかのような、その心地よい声に思わず振りかえると。
…じんわりと広がる、ビターチョコレートの味。
(…今、何をした?)
そんなの考えるまでも無いけれど。
目の前で、ヒュンケルが微かに笑う。
自分にだけしか見せない、あの優しい微笑みで。
「貰ってばかりでは、悪いと思ってな」
…気付いてくれた。
こんな単純な事だけど、驚きと、嬉しさで満たされる。
口の中に残るビターチョコレートの味が薄くて、でもやたらとほろ苦くて。
もどかしい。
「…なぁ、ヒュンケル」
「…どうした?ポップ」
「…もう1回」
なんか、負けたかもしれねぇ、おれ。
END
あとがき。
あまっ(砂糖を吐く)!!
何なのでしょう。何なのでしょう、この人たち。
いやそうなるよう動かしたの私ですけど!
思った以上にあまあまらぶらぶになってしまいました。
なんだこのバカップル!
でも大好きだヒュンポプ!!
…まあ、バレンタインネタなんで、こんなもんで…。
ていうか予想外に長くなったなこの話…。
Written by HAYANO Nene